東京高等裁判所 昭和34年(ネ)2084号 判決 1960年4月28日
控訴人 谷田部富一郎
被控訴人 谷田部ゆき
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。宇都宮地方裁判所大田原支部昭和三三年(ヨ)第一四号仮処分申請事件につき同裁判所が同年九月十三日なした仮処分決定はこれを取消す。被控訴人の右仮処分申請はこれを却下する。訴訟費用は第一、第二審を通じ被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、「本件の被保全権利は財産分与請求権及び慰藉料請求権であるから、被控訴人においてその権利の保全をはかるには仮差押によるべく、仮処分によるを得ない。」と述べ、被控訴代理人において原判決書三枚目表四行目「離婚届をしたのである。」とあるを「離婚届を提出しようとしたが形式的要件に欠けたため受理せられなかつたのである。」と訂正した外は、原判決事実摘示の通りであるからこゝにこれを引用する。
証拠として、被控訴代理人は甲第一号証乃至第七号証、第八号証の一、二、第九乃至第十一号証(第九号証は写)を提出し、当審における被控訴本人の供述を援用すると述べ、控訴代理人は当審における控訴本人の供述を援用し、甲第八号証の一、二、第九号証の成立は不知、その余の甲各号証の成立を認めると述べた。
理由
まず裁判上の離婚に伴う財産分与請求権を被保全権利とする民事訴訟法上の保全処分が許されるか否かにつき按ずるに、当事者が離婚の訴を提起し、これに併合して離婚に伴う財産分与の申立をなした場合においては人事訴訟手続法第十六条により財産分与請求権保全のための保全処分を求め得るというべきである。
而して離婚に伴う財産分与のための保全処分は、仮差押の方法によるべきか仮処分の方法によるべきかにつき按ずるに、被控訴人は本件仮処分事件の本案訴訟において、控訴人に対し控訴人との離婚を求めると共に、本件仮処分の目的たる不動産を離婚に伴う財産分与として請求していることは当裁判所に顕著なところであるから、畢竟被控訴人が控訴人に対し本件の特定の不動産の所有権移転を訴求している以上、被控訴人はこれが権利保全のため譲渡禁止等の仮処分を求め得るものと解すべきである。
よつて次に被控訴人が離婚の請求権を有するか否かにつき判断する。
当審における控訴人(一部)及び被控訴人各本人の供述によれば、控訴人と被控訴人とは昭和九年三月七日婚姻したが、その直後殆ど無資力のまゝブラジルに渡航し、爾来二十数年夫婦協力して養鶏業等を営み辛苦の結果同地において約十町歩の農地のほか預金五百万円を有するに至つたので、老後を日本で送るべく昭和三十一年三月帰国したところ、帰国後控訴人はにわかに態度を変え離婚を企て、まず被控訴人に無断で本籍地町役場に離婚届を提出せんとした外、昭和三十二年十月右農地等の財産分与のため再びブラジルに赴かんとするに当り被控訴人に対し書留郵便により離婚の申入をなし、同地で右財産処分の上再び帰国した後は、被控訴人との婚姻前同棲したことのある小崎某女と再び同棲したまゝ被控訴人との同居を拒んでいることが認められるのであつて、右認定に反する当審における控訴本人の供述は採用しない。しかしてかゝる事態を招来したことにつき被控訴人の責に帰すべき事実の存したと認むべき疎明は存しない。しからば控訴人は被控訴人を悪意をもつて遺棄したものというべく、被控訴人の離婚請求はこれを許容すべきである。
つぎに右離婚に伴う財産分与の可否及び方法、額につき、按ずるに、当審における被控訴本人の供述によれば控訴人は前示昭和三十一年の帰国後前記預金中から二百六十万円を支出して原判決別紙目録記載の不動産(以下本件不動産という)を買受け控訴人所有名義に登記したが、爾余の預金及び前示農地の処分代金約三百万円を自ら所有していること、被控訴人は現に本件不動産を第三者に賃貸しその賃料をもつて生活していることが認められる。
しからば控訴人は被控訴人に対し右離婚に伴う財産分与として少くとも本件不動産所有権を移転すべきものというを相当とするから、被控訴人として保証四十万円を立てさせて右分与請求権保全のため控訴人に対し本件不動産の譲渡質権抵当権賃借権の設定その他一切の処分行為を禁じた原決定は洵に相当であつてこれを認可すべく、これと同旨の原判決を相当として、本件控訴を棄却し、控訴費用は敗訴者たる控訴人に負担せしめて主文の通り判決する。
(裁判官 松田二郎 猪俣幸一 沖野威)